神奈川歯科大学のプレスリリース
口腔の粘膜免疫の強化が新型コロナウイルスの感染防止に役立つ可能性を提示
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■研究の背景
研究チームでは、口腔粘膜上皮は、新型コロナウイルスが結合するレセプターACE2と感染促進を行うTEMPRSS2の発現を認めることを昨年8月20日にInternational Journal of Molecular Science[Existence of SARS-CoV-2 Entry Molecules in the Oral Cavity. Int J Mol Sci. 2020 Aug 20;21(17):6000. doi: 10.3390/ijms21176000.]にいち早く報告し、口腔は新型コロナウイルスの感染部位となることを示してきました。
一方で、口腔には独自の感染防御システムが認められ、特に口腔の粘膜免疫の実行抗体である唾液中のIgA抗体は、生体内に病原体を侵入させないよう未然に働く予防効果があります。
感染症は、病原体の感染力と感染防止システムのバランスが不均衡になると発症します。しかし、口腔における新型コロナウイルスの感染防止に関与する因子の研究は、非常に遅れていました。
■研究成果
神奈川歯科大学附属病院に勤務する歯科医師および医師の方に、新型コロナウイルスに対する唾液を用いたPCR検査と血液を用いたIgGおよびIgM検査を行いました。このPCR検査およびIgM検査に研究に参加した全員が陰性でした。
この研究対象者(24-65歳、男性:101、女性:36)の方たちの唾液を採取し、ELISA法を構築し新型コロナウイルスに対する交叉IgA抗体を調べました。特に、新型コロナウイルスの感染に重要なS蛋白のS1サブユニットに対する交叉抗体を調べることで、新型コロナウイルスの生体への結合を阻止する抗体を検出するため構築されています。
その結果、新型コロナウイルスに対する交叉IgA抗体は、64人46.7%に認められました。さらに、24-49歳と50-65歳の2群に分けて解析すると有意差があり、交叉IgA抗体は若い世代に多く高齢者に少ないことが明らかとなりました(下図)。
図
また、予備的な試験で、この新型コロナウイルスに対する交叉IgA抗体は、部分的に新型コロナウイルスS蛋白とACE2の結合を抑制することも明らかになりました。
以上の結果は、新型コロナウイルスの重症化リスクのある年齢と口腔での交叉IgA抗体量との関連が示唆されました。特に新型コロナウイルスの感染既往が無くても新型コロナウイルスに対する交叉IgA抗体が存在することを発見しました。
■今後の展望
本発見は、口腔の粘膜免疫の強化が新型コロナウイルスの感染防止に役立つ可能性を示しています。さらに唾液を用いたIgA抗体の検査により、口腔からの感染リスクの評価法の開発も期待されます。
<解説>
*1 ACE2:Angiotensin-converting enzyme 2(アンジオテンシン変換酵素II)は、新型コロナウイルスの機能的受容体であることが示されています。新型コロナウイルスは重要タイトの結合だけでは生体内に侵入できなく、TEMPRSSなどのプロテアーゼが必要です。
*2 TEMPRSS2:Transmembrane protease, serine 2は、II型膜貫通型セリンプロテアーゼの一種で、SARS-CoV-2粒子の宿主細胞への侵入を促進します。ACE2も同時に発現する細胞は、新型コロナウイルスの感染のリスクの高い細胞であることが示されています。
*3 交叉抗体:過去の一般的な風邪を引き起こすコロナウイルスの感染により、これまで感染したことが無いコロナウイルスでも、類似の部分を認識し抗原抗体反応を起こす抗体。
■槻木 恵一教授の紹介
1967年12月東京生まれ。歯科医師。2007年4月より神奈川歯科大学教授。専門は環境病理学、唾液腺健康医学、災害歯科医学、近代歯科医学史。神奈川歯科大学副学長、大学院研究科長を歴任。テレビなどで口腔ケアの重要性と唾液の働きを唾液力と命名しわかりやすい解説が好評を得ている。日本医事新報「識者の眼」で連載している。
■神奈川歯科大学の紹介
明治43年に設立の東京女子歯科医学講習所が前身の医療系大学です。現在は横須賀市にキャンパスがあります。6年制の歯学部、4年生の大学院を設置する単科大学です。短期大学部・専門学校も併設しています。