エリスリトールは犬の歯周病原因菌を抑制する

岐阜大学のプレスリリース

エリスリトールは犬の歯周病原因菌を抑制する ~犬の歯周病予防の新たな選択肢~

 

【本研究のポイント】

・多くの犬は歯周病に罹患しており、歯周病を予防する日常的な口腔ケアが求められている。

・糖アルコール 注1)のひとつであるキシリトールが人の口腔ケアで普及しているが、犬はキシリトールに中毒を示すため、口腔ケアに使用できない問題があった。

・本研究では、犬での安全性が認められている糖アルコールであるエリスリトールが犬の歯周病原因菌の増殖を抑制することを明らかにした。

・今後、実際に犬の歯周病での効果を実証し、日常的な口腔ケアとして利用されることが期待される。

 

【研究概要】

 岐阜大学応用生物科学部共同獣医学科の清水万夢さん(大学院4年生)、宮脇慎吾准教授、渡邊一弘教授らの研究グループは、キシリトールと同じ糖アルコールのひとつであるエリスリトールが犬の歯周病原因菌の増殖を抑制することを明らかにしました。歯周病は口腔内の歯周病原因菌による炎症性疾患で、人や犬で発症します。特に犬では、日常的な口腔ケアが困難なため、歯周病の症状は重篤になることが多く、歯の喪失や顎骨骨折などに進行し、著しくQOL(生活の質)を低下させます。そのため、犬で日常的な口腔ケアを可能にする歯周病の予防方法の開発が求められています。人の口腔ケアでは、糖アルコールのひとつであるキシリトールが普及しています。キシリトールは虫歯や歯周病の原因となる口腔内細菌の増殖を抑えるため、歯磨き粉やガムなど様々な商品に含有されています。一方、犬では、キシリトールは重い中毒症状を示すため、使用できない問題があります。

 今回、私たちは、犬での安全性が認められている糖アルコールであるエリスリトールの歯周病原因菌に対する効果を検証しました。歯周病に罹患している犬から歯周病原因菌としてPorphyromonas gulae 注2)、Porphyromonas macacaeを分離し、キシリトール、エリスリトールを添加したところ、エリスリトールはキシリトールと同様に歯周病原因菌の増殖を抑制する効果を示しました。また、エリスリトールの歯周病原因菌の増殖を抑制する効果は、グルコースの存在で減弱することが分かりました。つまり、エリスリトールの添加とグルコースの除去により、犬の歯周病原因菌を抑制できると考えられます。今後、犬への投与方法や、実際に犬の歯周病を予防するかどうかを検証することで、エリスリトールが犬の口腔ケアのひとつとして利用されていくことが期待されます。

 本研究成果は、日本時間2022年8月24日にHeliyon誌(Cell press)のオンライン版で発表されました。

 

 【研究背景】

 犬の歯周病は最もよく認められる犬の口腔疾患です。歯垢・歯石に存在する歯周病原因菌に対する免疫応答と細菌の産生する毒素により歯周組織の炎症が起き、歯周組織が破壊されることで病態が進行していきます ( 図 1) 。歯周病による歯周組織の喪失は不可逆的な変化であり、深くまで進行した歯周病に対しては抜歯が必要となります。そのため、歯周病は「予防」することが重要となります。

図1 進行した犬の歯周病

 

 有効な歯周病の予防法として歯ブラシを使ったブラッシングが挙げられます。犬にブラッシングをするためには犬が歯ブラシに慣れる必要があり、簡単に実施できる方法ではありません。そのため、歯ブラシを使ったブラッシングに代わる、簡単に犬の歯周病を予防する方法が求められています。人ではキシリトールが口腔ケアのために広く使用されています。キシリトールは口腔内細菌の増殖や歯垢の蓄積を抑制することが知られています。しかしながら、キシリトールは犬に対して低血糖や肝不全を引き起こす重篤な中毒を示すため、犬に使用することはできません。エリスリトールはキシリトールと同じ糖アルコールのひとつです。注目すべきことに、エリスリトールは犬に対してキシリトールのような中毒を引き起こさないことが明らかとなっています。そこで私たちは「エリスリトールが犬の歯周病原因菌に対して有効であれば、犬の歯周病予防のための口腔ケアとして安全に利用できる」と考えました。本研究では歯周病の犬から分離した歯周病原因菌に対するエリスリトールの効果を評価しました。

 

【研究成果】

 歯周病の犬の口腔内細菌サンプルから犬の歯周病原因菌として代表的なP. gulaeとP. macacaeが分離されました。これらの細菌を対象としてエリスリトールの効果を検討しました。

図2 エリスリトール(Erythlitol)、キシリトール(Xylitol)およびクリンダマイシン(CLDM)の静菌的効果

 

 歯周病原因細菌を培養する培地(変法GAM液体培地)にエリスリトールとキシリトールをそれぞれ最終濃度が0.01%-10%になるように希釈し、24時間の培養を実施しました。細菌数の変化の指標として4時間ごとの吸光度(O.D.) 注3)を測定しました。エリスリトールは分離前の口腔内細菌サンプル、P. gule、P. macacaeのすべてにおいて細菌増殖を抑制しました。その抑制の程度はキシリトールと同等であり、静菌的な作用を持つ抗生物質であるクリンダマイシン 注4)を糖アルコールの代わりに培地に添加したときと同様に濃度依存的な増殖抑制が認められました。このことからエリスリトールは犬の歯周病原因菌に対しても静菌的に働くということが明らかとなりました (図2)。

図3 グルコース存在下でのエリスリトールの静菌的効果

 

 次に、1%のエリスリトールが存在する液体培地に、細菌が増殖するために必要なグルコースを0.005%-0.1%の最終濃度になるように添加して同様に嫌気培養を行うと、グルコースの濃度依存的にエリスリトールの細菌増殖抑制効果が阻害されることが明らかとなりました。このことからエリスリトールはグルコースと拮抗することで、細菌の増殖を抑制していると考えられます。つまり、グルコースが高濃度で存在するとエリスリトールは十分な効果を示さないと考えられます(図3)。

 

【今後の展開】

 犬の歯周病原因菌に対するエリスリトールの有効性が明らかとなったことで、エリスリトールによる安全・簡便・効果的な口腔ケアを実現できる可能性が示されました。今後、エリスリトールを犬に適用するにあたり口腔内、特に歯面に対して効率的に塗布するために歯磨きペーストに添加する方法、スプレーで歯面に塗布する方法、飲料水に希釈して飲ませる方法などの適切な投与方法を検討していく必要があります。また、現在、実際に歯周病の犬に対する効果を検証する治験を進めており、将来的に犬の歯周病の制圧に繋げたいと考えています。

 

【論文情報】

雑誌名:Heliyon

論文タイトル:Erythritol Inhibits the Growth of Periodontal-Disease-Associated Bacteria Isolated from Canine Oral Cavity

著者:Mamu Shimizu, Shingo Miyawaki, Taishin Kuroda, Miyu Umeta, Mifuyu Kawabe, Kazuhiro Watanabe       

DOI:10.1016/j.heliyon.2022.e10224                                    

 

【用語解説】

1)糖アルコール:

糖質が持つカルボニル基に水素を付加した糖質の総称。キシリトール、エリスリトールのほかにソルビトールやソルビトール、マンニトールなどがある。甘味料として用いられる。

 

2)Porphyromonas gulae:

グラム陰性の偏性嫌気性桿菌。人における代表的な歯周病原因菌Porphyromonas gingivalisの亜種として発見された。Gingipain という毒素を産生し歯周組織を破壊する。

 

3)吸光度(O.D.):

溶液に吸収される光の量のこと。数値が大きいほど溶液内の物質に光が吸収されていることを示す。今回の場合は培地中の細菌数が多くなると光が吸収されて吸光度は大きくなる。

 

4)クリンダマイシン:

リンコマイシン系抗生物質。嫌気性菌、グラム陽性菌に対して静菌的効能を持つ。犬の歯周病を起こす嫌気性菌をターゲットとしてよく利用される。

 

【研究者プロフィール】

宮脇 慎吾(みやわき しんご):論文責任著者

岐阜大学応用生物科学部共同獣医学科 獣医外科学研究室 准教授

 

清水 万夢(しみず まむ):論文筆頭著者

岐阜大学応用生物科学部共同獣医学科 獣医外科学研究室

岐阜大学 連合獣医学研究科4年生 

 

黒田 太心(くろだ たいしん)

岐阜大学応用生物科学部共同獣医学科 獣医外科学研究室

 

梅田 みゆう(うめた みゆう)

岐阜大学応用生物科学部共同獣医学科 獣医外科学研究室

 

川部 美史(かわべ みふみ)

岐阜大学応用生物科学部共同獣医学科 獣医外科学研究室

 

渡邊 一弘(わたなべ かずひろ)

岐阜大学応用生物科学部共同獣医学科 獣医外科学研究室 教授

Follow Twitter Facebook Feedly
SHARE
このページのURLとタイトルをコピー
お使いの端末ではこの機能に対応していません。
下のテキストボックスからコピーしてください。