株式会社ファンケルのプレスリリース
株式会社ファンケル(本社:神奈川県横浜市/代表取締役社長 CEO 島田和幸 以下、ファンケル)は、キリンホールディングス株式会社(社長 磯崎功典、以下、キリン)と慶應義塾大学(塾長 伊藤公平)の三者で、AI技術1)を用いた新たな洗浄剤の開発プロセスに関する研究を行ってきました。
このたび、ファンケルが蓄積した実験データをもとに、キリンの機械学習技術2)と慶應義塾大学の分子シミュレーション技術3)を組み合わせることで、洗浄剤のメイクを落とす性能を、コンピューターの高い精度でスピーディーに予測ができるシステム構築の可能性を見いだしましたのでお知らせします。
なお本研究成果は、2022年9月20日から9月22日に開催された第 32 回 国際化粧品技術者会連盟(IFSCC)ロンドン大会2022にて、キリンおよび慶應義塾大学と共同で発表しました。
【AIを用いたメイク落としの性能を予測するシステムの基礎を検討】
ファンケルは2016年から、市販のウォータープルーフアイライナーと人工皮革でメイク汚れの除去率を計算し、洗浄率を算出して500以上の実測データを蓄積しています。今回このデータを機械学習に活用し、メイク落としの性能を予測するシステムの基礎を検討しました。
洗浄剤の成分組成と洗浄率のデータに加え、使用した成分の鎖長の長さや分子の大きさなどの分子構造から得られる情報を、成分のデータベースを用いて数値化して機械学習に加えることで、高い精度(決定係数4)R2=0.765)で洗浄率を予測できました(図1)。
【予測システムの予測洗浄率と洗浄剤の洗浄率がおおむね一致したことを確認】
本研究で構築した洗浄率予測システムを用い、コンピューター上で10万通りの計算を行いました。その結果、界面活性剤の中でファンケルの独自原料であるヘキサカプリル酸ポリグリセリル-205)が最も高いメイク落とし性能を有しており、さらに保湿剤であるPPG-9ジグリセリル6)やシクロヘキシルグリセリン7)などの特定の成分との組み合わせが高い洗浄率に寄与する傾向があることが判明しました(図2)。
10万通りの計算結果より、前述の成分を含む予測洗浄率が最も高いと予測されるモデル洗浄剤を試作してメイク落としの性能を評価したところ、予測洗浄率と実際の洗浄率がおおむね一致しました。また、図3に示す通り、各種メイクだけでなく、泥などのさまざまな汚れに対して高い洗浄性能を有することが確認できました。
【分子シミュレーション技術でクレンジング剤のメカニズムを解明】
さらなる予測精度向上を目指し、洗浄剤のメイク落としに関するメカニズムを解明しました。洗浄剤のメイクを落とす性能は、製品開発に使用する界面活性剤分子の構造に加え、界面活性剤を形成する集合構造や汚れに対する吸着状態に強く左右されると考えられます。コンピューター上でこれらの影響を検討するために、DPD法8)と呼ばれる分子シミュレーション技術を用いて、モデル洗浄剤の分子シミュレーションを行いました。100種類以上の組み合わせでシミュレーションを行った結果、実際の洗浄率と、汚れに対する吸着の仕方の間に相関があることを見いだしました。さらに洗浄率が高い洗浄剤と低い洗浄剤では、水中で形成される構造に特徴的な違いがあることが明らかになりました(図4)。今後は分子シミュレーションの結果から得られたデータを機械学習に組み込み、洗浄率予測システムの精度向上および実用化に向けた検討を進めていきます。
<研究背景・目的>
ファンケルでは洗浄剤に関するさまざまな研究を行ってきました。近年では、女性の社会進出に伴う時短ニーズや、環境負荷低減意識が高まっている社会状況を踏まえ、クレンジング料と洗顔料の機能を一本に併せ持つ水性洗浄剤の開発に着手しました。今回、製品開発のプロセスに機械学習と分子シミュレーション技術を採用することで、無限に存在する化粧品原料の組み合わせから、高いメイク落とし性能を有する最適な組み合わせをスピーディーに見いだし、革新的な製品を上市することを目指してキリンおよび慶應義塾大学と共同研究を行いました。
<今後の展開>
今後も分子シミュレーションによって得られた情報を機械学習に加えて予測精度向上に取り組み、本研究で得られた成果をもとに、高いメイク落とし機能を有する洗浄剤の製品化に向けて検討を進めてまいります。また、AI技術を用いた製品開発プロセスは、将来的にはほかの製品開発へ水平展開していくことを視野に入れて研究を継続していきます。
【用語説明】
1)AI技術
人間の知的ふるまいの一部をソフトウェアで人工的に再現したもの。今回の例では、洗浄剤の原料からメイク落とし性能を予測するという、化粧品開発技術者のふるまいを再現させることを目的としている。
2)機械学習技術
AI技術のうちデータを分析する方法の一つ。コンピューターがデータから反復的に学習し、そこに含むパターンを見つけ出すことを示す。今回の例では、洗浄剤の原料とメイク落とし性能の両方のデータを含んだデータをコンピューターに学習させ、未知の洗浄剤のメイク落とし性能を予想する機能を有している。
3)分子シミュレーション技術
コンピューター内の仮想空間で原子・分子の動きを再現し、物理現象を分子レベルで解析する手法のこと。
4)決定係数
機械学習によって推定された値の当てはまりの良さを示す指標。0から1までの値を取り、1に近いほど、予測値が実際のデータに当てはまっていることを示す。
5)ヘキサカプリル酸ポリグリセリル-20
ノニオン界面活性剤(非イオン性界面活性剤)に分類される洗浄成分。ファンケルが独自開発した原料であり、マイルドクレンジングオイルなどに採用実績がある。
6)PPG-9ジグリセリル
保湿効果が高いにも関わらずベタつき感の少ない、肌になじみの良い保湿成分。
7)シクロヘキシルグリセリン
保湿効果が高いにも関わらずベタつき感の少ない、肌になじみの良い保湿成分。
8)DPD法
分子シミュレーションの一種であり、原子や分子をある程度ひとまとめにして扱うことで、従来の分子シミュレーションよりも多成分・複雑な混合系の現象を再現できる解析手法。