日本漢字能力検定協会のプレスリリース
公益財団法人 日本漢字能力検定協会(本部:京都市東山区/代表理事 理事長:山崎信夫/以下、当協会)が協力している京都大学の研究プロジェクト「ライフサイクルと漢字神経ネットワークの学際研究(以下、本研究)」において、漢字の手書き習得が文章力の発達に独自の貢献をすることが明らかになりました。
本研究は、京都大学大学院医学研究科 大塚貞男 特定助教、村井俊哉 教授の研究グループが、日本漢字能力検定(以下、漢検)と文章読解・作成能力検定(以下、文章検)の両方を受けた中高生の受検データを解析し、漢字(読字、書字、意味理解)と文章(読解、作成)という2つの水準の読み書き能力の構造的関係性を調べたものです。解析の結果、漢字の書字の力が文章作成能力に影響していること、そして、漢字の意味理解の力は文章読解力に影響することで間接的に文章作成に寄与するが、書字の力がもつ直接的な影響力を代替することはできないことが示されました。
本研究成果は2023年4月24日に国際学術誌「Reading and Writing」にオンライン掲載され、4月27日に同大学より発表されました(*1)。
■本研究の背景
社会のデジタル化が進む中、文字を手書きする頻度は大幅に減少しており、こうした生活習慣・環境の変化は漢字の書字などの読み書き能力に影響を及ぼすことが予測されます。同研究グループは、本研究に先立って漢検の大規模な受検データベースを解析し、漢字能力が読字、書字、意味理解の3側面から成ることを明らかにしました。そして、その上で2006年と2016年の漢検受検データを比較し、10年間で成人の書字の力だけが特異的に低下していたことを報告しました(*2)。最近では、学校教育のデジタル化も進められており、それが学齢期の漢字習得に影響した場合、その影響はその後の高度な読み書き能力の発達にも及ぶのではないかということが懸念されます。そこで本研究では、中高生の漢字能力の3側面と文章読解・作成能力との関係性を調べ、読み書き能力の発達が書字を含む漢字習得にどのように支えられているのかを検討しました。
■漢字の書字の力が文章作成能力に影響
本研究グループは、2019年10~11月または2020年1~2月の期間に漢検と文章検の両方を受検した合計719名の中高生(平均年齢16.25歳、女子325名、男子394名)の成績データを解析しました。その結果、漢字の書字の力が文章作成能力に影響していること、そして、漢字の意味理解の力は文章読解力に影響することで間接的に文章作成に寄与するが、書字の力がもつ直接的な影響力を代替することはできないことが明らかになりました。
イラスト出典(大塚・村井, 2023*3)
■読字から文章作成能力に至る 読み書き発達の二重経路モデル
構造方程式モデリング(*4)という統計手法を用いて解析した結果、読字の力が他の2つの漢字能力の基礎にあり、書字の力が文章作成能力に直接影響する一方、意味理解の力は文章読解力に影響することで間接的に文章作成に寄与するという読み書き発達の二重経路モデルが支持されました(図1)。つまり、漢字の書字には文章作成能力に対する独自の影響力があり、これを意味理解で代替することはできないことが明らかになったと言えます。
図1.読字から文章力に至る読み書き発達の二重経路モデル (大塚・村井, 2023*3)
図中の青の直線矢印は、終点側の漢検(3級)問題の得点の背後に始点側の能力があることを意味します。黒の直線矢印は始点側が終点側に影響する関係、黒の曲線矢印は相関関係を表します。漢字の意味理解と書字の力は、読字との関連を取り除いた上で(それぞれの誤差変数*5「d」の間に)相関関係が認められました。
■読み書き発達の二重経路モデルが示唆すること
本研究で提唱されたモデルは、早期のデジタルデバイスの利用が子どもの漢字の手書き習得に抑制的な影響を及ぼした場合、その影響が文章力の発達にまで及ぶ可能性を示すものです。本研究の知見は、手書きに基づく読み書き教育を今後も続けていくことが、これからの世代の高度な言語能力の発達のために有益であることを示唆しています。
■日本漢字能力検定協会のコメント(代表理事 理事長 山崎信夫)
本研究は、「高い漢字能力」を身につけ、さらに維持することの重要性を、脳の研究によって科学的に証明する目的で2017年にスタートしました。その結果、漢字を「書く」ことが、漢字の「意味を理解する」ことよりも直接的に文章作成能力に影響していることが明らかとなりました。これは当協会にとっても驚くべき発見です。
スマートフォン・タブレットやパソコンが日常生活に不可欠なツールとなり、「書く」機会よりも「入力する」機会の方が多いという人は少なくないことでしょう。テクノロジーの進歩と共に生活習慣が大きく変化しつつある現代において、本研究成果は非常に示唆に富んでいます。大塚先生・村井先生は、手書きからデジタルライティング(タイピング、フリック入力など)への転換は、人間の心や脳に少なからず影響を及ぼすと考えられ、その影響を明らかにすることは心理学研究の重要な課題だと言及されています。そして、本研究では、漢字の手書き習得が文章力の発達に独自の貢献をするという科学的証拠を提供し、手書きができなくなることが言語・認知能力に広く影響を及ぼす可能性を示した、ともおっしゃっています。本研究が教育や医療、福祉など様々な分野に貢献することを期待し、当協会はこれからも本研究プロジェクトを支援してまいります。
■本研究成果の詳細
➢国際学術誌「Reading and Writing」に論文掲載(2023年4月24日)
<タイトル>The unique contribution of handwriting accuracy to literacy skills in Japanese adolescents (日本の中高生の読み書きスキルへの正確な手書き習得による独自の貢献)
<著者>大塚貞男、村井俊哉
<DOI>https://doi.org/10.1007/s11145-023-10433-3
➢(*1)本研究に関する京都大学からの発表(2023年4月27日)
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-04-27-3
➢(*3)詳しい研究内容について(2023年4月27日)
「漢字の手書きは文章力の発達に独自の貢献をする―読み書き発達の二重経路モデルの提唱―」
https://www.kyoto-u.ac.jp/sites/default/files/2023-04/2304_Otsuka_R%26W-07ee5ab69da9b19ba9c4f3f757a94752.pdf
■研究プロジェクトについて
京都大学×漢検 研究プロジェクトでは、「ライフサイクルと漢字神経ネットワークの学際研究」とテーマを設定し、2017~2021年度まで「漢字能力が脳機能の発達・維持におよぼす効果の科学的検証」を行い、学会発表、論文公表やシンポジウムの開催などを通じて成果を公表してまいりました。
さらに2022年度以降は、今までの研究を発展させ、さらなる漢字・日本語学習支援に向けた研究を継続しています。詳しくは、下記ウェブサイトでも紹介しています。
➢京都大学×漢検 研究プロジェクトに関するウェブサイト
https://www.kanken.or.jp/project/investigation/project/life_cycle.html
■これまでの主な研究成果
➢(*2)漢検データベース解析の成果__2020年2月20日に国際学術誌Scientific Reportsに掲載
<タイトル>The multidimensionality of Japanese kanji abilities(日本人の漢字能力の多面性)
<著者>大塚貞男、村井俊哉
<掲載誌>Scientific Reports, 10, 3039
<DOI>https://doi.org/10.1038/s41598-020-59852-0
➢大学生対象調査の成果__2021年1月26日に国際学術誌Scientific Reportsに掲載
<タイトル>Cognitive underpinnings of multidimensional Japanese literacy and its impact on higher-
level language skills(多面的日本語読み書き能力の認知基盤と高度な言語スキルに及ぼす影響)
<著者>大塚貞男、村井俊哉
<掲載誌>Scientific Reports, 11, 2190
<DOI>https://doi.org/10.1038/s41598-021-81909-x
■用語解説
(*4) 構造方程式モデリング:複数の能力など(変数)の間の関連性について、何らかの仮説に基づくモデルを作成し、そのモデルの妥当性を検証する統計手法です。関連性が検討される変数は、テストの得点などのように直接観測される場合(観測変数;長方形で図示)と、複数の観測変数から推定される場合(潜在変数;楕円形で図示)があります。また、この資料では省略してありますが、モデルが正しいとした場合の変数間の関連性の大きさが数値で表現されます。
(*5) 誤差変数:モデルにおいて他の変数の結果として想定される変数(直線矢印の終点側)の、他の変数によって説明されない部分を表します。図1の意味理解と書字の成績には、読字の成績と関連する部分と関連しない部分があり、読字と関連する部分同士は当然関連すると考えられますが、「d」で表した誤差変数間の相関を図示することによって、読字との関連を取り除いても相関関係があることを表現しています。
本研究は、京都大学大学院医学研究科 大塚貞男 特定助教、村井俊哉 教授の研究グループが、日本漢字能力検定(以下、漢検)と文章読解・作成能力検定(以下、文章検)の両方を受けた中高生の受検データを解析し、漢字(読字、書字、意味理解)と文章(読解、作成)という2つの水準の読み書き能力の構造的関係性を調べたものです。解析の結果、漢字の書字の力が文章作成能力に影響していること、そして、漢字の意味理解の力は文章読解力に影響することで間接的に文章作成に寄与するが、書字の力がもつ直接的な影響力を代替することはできないことが示されました。
本研究成果は2023年4月24日に国際学術誌「Reading and Writing」にオンライン掲載され、4月27日に同大学より発表されました(*1)。
■本研究の背景
社会のデジタル化が進む中、文字を手書きする頻度は大幅に減少しており、こうした生活習慣・環境の変化は漢字の書字などの読み書き能力に影響を及ぼすことが予測されます。同研究グループは、本研究に先立って漢検の大規模な受検データベースを解析し、漢字能力が読字、書字、意味理解の3側面から成ることを明らかにしました。そして、その上で2006年と2016年の漢検受検データを比較し、10年間で成人の書字の力だけが特異的に低下していたことを報告しました(*2)。最近では、学校教育のデジタル化も進められており、それが学齢期の漢字習得に影響した場合、その影響はその後の高度な読み書き能力の発達にも及ぶのではないかということが懸念されます。そこで本研究では、中高生の漢字能力の3側面と文章読解・作成能力との関係性を調べ、読み書き能力の発達が書字を含む漢字習得にどのように支えられているのかを検討しました。
■漢字の書字の力が文章作成能力に影響
本研究グループは、2019年10~11月または2020年1~2月の期間に漢検と文章検の両方を受検した合計719名の中高生(平均年齢16.25歳、女子325名、男子394名)の成績データを解析しました。その結果、漢字の書字の力が文章作成能力に影響していること、そして、漢字の意味理解の力は文章読解力に影響することで間接的に文章作成に寄与するが、書字の力がもつ直接的な影響力を代替することはできないことが明らかになりました。
イラスト出典(大塚・村井, 2023*3)
■読字から文章作成能力に至る 読み書き発達の二重経路モデル
構造方程式モデリング(*4)という統計手法を用いて解析した結果、読字の力が他の2つの漢字能力の基礎にあり、書字の力が文章作成能力に直接影響する一方、意味理解の力は文章読解力に影響することで間接的に文章作成に寄与するという読み書き発達の二重経路モデルが支持されました(図1)。つまり、漢字の書字には文章作成能力に対する独自の影響力があり、これを意味理解で代替することはできないことが明らかになったと言えます。
図中の青の直線矢印は、終点側の漢検(3級)問題の得点の背後に始点側の能力があることを意味します。黒の直線矢印は始点側が終点側に影響する関係、黒の曲線矢印は相関関係を表します。漢字の意味理解と書字の力は、読字との関連を取り除いた上で(それぞれの誤差変数*5「d」の間に)相関関係が認められました。
■読み書き発達の二重経路モデルが示唆すること
本研究で提唱されたモデルは、早期のデジタルデバイスの利用が子どもの漢字の手書き習得に抑制的な影響を及ぼした場合、その影響が文章力の発達にまで及ぶ可能性を示すものです。本研究の知見は、手書きに基づく読み書き教育を今後も続けていくことが、これからの世代の高度な言語能力の発達のために有益であることを示唆しています。
■日本漢字能力検定協会のコメント(代表理事 理事長 山崎信夫)
本研究は、「高い漢字能力」を身につけ、さらに維持することの重要性を、脳の研究によって科学的に証明する目的で2017年にスタートしました。その結果、漢字を「書く」ことが、漢字の「意味を理解する」ことよりも直接的に文章作成能力に影響していることが明らかとなりました。これは当協会にとっても驚くべき発見です。
スマートフォン・タブレットやパソコンが日常生活に不可欠なツールとなり、「書く」機会よりも「入力する」機会の方が多いという人は少なくないことでしょう。テクノロジーの進歩と共に生活習慣が大きく変化しつつある現代において、本研究成果は非常に示唆に富んでいます。大塚先生・村井先生は、手書きからデジタルライティング(タイピング、フリック入力など)への転換は、人間の心や脳に少なからず影響を及ぼすと考えられ、その影響を明らかにすることは心理学研究の重要な課題だと言及されています。そして、本研究では、漢字の手書き習得が文章力の発達に独自の貢献をするという科学的証拠を提供し、手書きができなくなることが言語・認知能力に広く影響を及ぼす可能性を示した、ともおっしゃっています。本研究が教育や医療、福祉など様々な分野に貢献することを期待し、当協会はこれからも本研究プロジェクトを支援してまいります。
■本研究成果の詳細
➢国際学術誌「Reading and Writing」に論文掲載(2023年4月24日)
<タイトル>The unique contribution of handwriting accuracy to literacy skills in Japanese adolescents (日本の中高生の読み書きスキルへの正確な手書き習得による独自の貢献)
<著者>大塚貞男、村井俊哉
<DOI>https://doi.org/10.1007/s11145-023-10433-3
➢(*1)本研究に関する京都大学からの発表(2023年4月27日)
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-04-27-3
➢(*3)詳しい研究内容について(2023年4月27日)
「漢字の手書きは文章力の発達に独自の貢献をする―読み書き発達の二重経路モデルの提唱―」
https://www.kyoto-u.ac.jp/sites/default/files/2023-04/2304_Otsuka_R%26W-07ee5ab69da9b19ba9c4f3f757a94752.pdf
■研究プロジェクトについて
京都大学×漢検 研究プロジェクトでは、「ライフサイクルと漢字神経ネットワークの学際研究」とテーマを設定し、2017~2021年度まで「漢字能力が脳機能の発達・維持におよぼす効果の科学的検証」を行い、学会発表、論文公表やシンポジウムの開催などを通じて成果を公表してまいりました。
さらに2022年度以降は、今までの研究を発展させ、さらなる漢字・日本語学習支援に向けた研究を継続しています。詳しくは、下記ウェブサイトでも紹介しています。
➢京都大学×漢検 研究プロジェクトに関するウェブサイト
https://www.kanken.or.jp/project/investigation/project/life_cycle.html
■これまでの主な研究成果
➢(*2)漢検データベース解析の成果__2020年2月20日に国際学術誌Scientific Reportsに掲載
<タイトル>The multidimensionality of Japanese kanji abilities(日本人の漢字能力の多面性)
<著者>大塚貞男、村井俊哉
<掲載誌>Scientific Reports, 10, 3039
<DOI>https://doi.org/10.1038/s41598-020-59852-0
➢大学生対象調査の成果__2021年1月26日に国際学術誌Scientific Reportsに掲載
<タイトル>Cognitive underpinnings of multidimensional Japanese literacy and its impact on higher-
level language skills(多面的日本語読み書き能力の認知基盤と高度な言語スキルに及ぼす影響)
<著者>大塚貞男、村井俊哉
<掲載誌>Scientific Reports, 11, 2190
<DOI>https://doi.org/10.1038/s41598-021-81909-x
■用語解説
(*4) 構造方程式モデリング:複数の能力など(変数)の間の関連性について、何らかの仮説に基づくモデルを作成し、そのモデルの妥当性を検証する統計手法です。関連性が検討される変数は、テストの得点などのように直接観測される場合(観測変数;長方形で図示)と、複数の観測変数から推定される場合(潜在変数;楕円形で図示)があります。また、この資料では省略してありますが、モデルが正しいとした場合の変数間の関連性の大きさが数値で表現されます。
(*5) 誤差変数:モデルにおいて他の変数の結果として想定される変数(直線矢印の終点側)の、他の変数によって説明されない部分を表します。図1の意味理解と書字の成績には、読字の成績と関連する部分と関連しない部分があり、読字と関連する部分同士は当然関連すると考えられますが、「d」で表した誤差変数間の相関を図示することによって、読字との関連を取り除いても相関関係があることを表現しています。