小さな刺激が選択の悩みを解消

早稲田大学のプレスリリース

小さな刺激が選択の悩みを解消 手首への微小電気刺激が、その後の手の選択を誘導する

 
詳細は早稲田大学Webサイトをご覧ください。
 

<発表のポイント> ◆ 日常生活の中で物をつかむ時などに「左右どちらの手を使うか」という選択は、無意識に行われているが、極めて短時間の電気刺激を事前に一方の手首に与えると、刺激された側の手が選択される確率が高まることを発見した。 ◆ この電気刺激による手の選択は、無意識に麻痺した手を使用することを促すことになるため、脳卒中等片麻痺患者の新しいリハビリテーションへの応用が期待される。 ◆ 日常生活での意思決定に関する今回の知見は、脳神経機序の解明に大きく貢献すると考えられる。

 早稲田大学人間科学学術院の平山 健人(ひらやま けんと)研究員、同髙橋 徹(たかはし とおる)研究員と大須 理英子(おおす りえこ)教授の研究グループ(以下、本研究グループ)は、左右一方の手首に極短時間(85ミリ秒)の電気刺激を与えることで、刺激側の手を使用する頻度を高めることに成功しました。私たちの日常生活では、物をつかむ際にどちらの手を使用するかを無意識に選択しており、右側の物には右手、左側の物には左手を使うのが一般的ですが、中央にある物の場合、状況に応じて選択が変わります。最近の研究では、脳波計を用い、物を認識する前から脳活動が手の選択に影響を与える可能性が示唆されていました。本研究グループは、対象物が提示される直前に片方の手首に「瞬間的な電気刺激」を与えることで、手の選択にどのような影響があるかを調査し、その結果、刺激を与えた側の手を使う確率が増加し、判断にかかる時間が短縮されることを明らかにしました。
 

図1:使う手の選択について
さまざまな位置に提示されるターゲットに、左右どちらかの手をのばす。点線は体の中心を示し、赤線は右手と左手を半々の確率で使う選択均衡線を示す。右利きの人は、選択均衡線が体の中心よりも左側にくることが分かっている。事前に片方の手首に短時間の刺激を与えることで、刺激側の手を使うエリアが拡大した。
 
 麻痺した手を使用しないと、回復した手の動きが悪化するため、リハビリテーションにおいて手の使用を促すことは重要です。これまでのリハビリでは、日常生活で麻痺手の使用を促すために、当事者に麻痺手の使用に関する目標設定や日記の記載を求めるなど、当事者の意識的な努力に任されており、継続が難しいという問題点が指摘されていました。一方で、無意識に生じる手の選択に関する脳メカニズムは明らかになっていないことが多く、脳メカニズムに基づいて無意識のうちに麻痺手の使用を促すことができるリハビリテーションは実施されていませんでした。今回の知見を活かすことで、例えば脳卒中患者の新しい治療法を提案できる可能性があります。
 本研究成果はSpringer Nature社が出版する『Scientific Reports』(論文名:Somatosensory stimulation on the wrist enhances the subsequent hand-choice by biasing toward the stimulated hand)にて、2024年9月30日(月)にオンラインで掲載されました。
 
■今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
 私たちは手首にある正中神経と尺骨神経への極短時間の電気刺激が、刺激側の手に関する脳部位の神経活動に変化を生じさせることに着目しました。実験参加者は、パソコン画面の様々な場所に出現する1つの黒い丸(ターゲット)に、左右一方の手をすばやく選択して到達させる(リーチ)課題を行いました。ターゲットが提示される直前(0~600ミリ秒前)に、片方の手首から極短時間(85ミリ秒)の電気刺激を行いました。刺激の強さは筋肉の収縮を生じさせず、刺激感覚のみ生じさせる強さとしました(電気刺激装置)。この電気刺激が、図1の「右手と左手を半々の確率で使うライン(選択均衡線)」と反応時間(ターゲットが提示されてから手を選択してリーチを開始するまでの時間)に、変化を及ぼすかを調べました。
結果は、刺激しない条件および両手首に刺激する条件と比較して、片方の手首への刺激によって、選択均衡線が反対側にずれ、刺激側の手の選択エリアが広がりました。さらに、過去の研究で、反応時間は手の選択に関する難易度を表す指標として使われ、反応時間が短いほど、手の選択が容易であることを示します。本研究では、片手刺激条件で、反応時間が著しく短くなったことから、手の選択のプロセスを促進する効果が認められました。これらの結果より、ターゲットが出現する直前の手首への電気刺激が、刺激側の手の選択を促すことが明らかになりました。
 
■研究の波及効果や社会的影響
 本研究では、ターゲット提示前に片方の手首に極短時間の電気刺激を行うことで、刺激側の手の選択を増加させることを明らかにしました。この結果は脳卒中によって片側の体が麻痺した当事者に対して、麻痺した手を使うことを促す治療として応用できる可能性があります。リハビリテーションの現場では、麻痺した手を再び動くように治療しますが、ある程度動くようになっても、麻痺した手は、麻痺していない健康な手と比べると使いにくくなるため、健康な手で全てのことをやってしまい、麻痺した手を使用しなくなってしまうことがあります。生活の中で麻痺した手を使用しないと、せっかく回復した手の動きが悪くなり、さらに使用しなくなってしまうのです。そのため、リハビリテーションにおいて、手の使用を促す治療はとても重要となります。刺激によって、無意識的に麻痺した手を使用することを促すというアイデアは、新しいリハビリテーションのコンセプトを提案するものでもあります。
 
■今後の課題
 今後は、本研究の電気刺激が、手の選択に関する脳のメカニズムにどのように影響したのかを、脳波計やfMRIなどの脳活動を計測する手法を活用し検討する予定です。さらに、リハビリテーションにおいて、実際に脳卒中患者に対し効果があるか否かを検証し、臨床応用に向けた検討を行います。
 
■研究者のコメント
 意思決定は意識にのぼらないプロセスも多く、その脳内機序は明らかになっていないことも多くあります。「手の選択」という、日常生活での意思決定を通じて得られた今回の知見は、その機序の解明に大きく貢献すると考えます。また、リハビリテーションにおいても、脳卒中患者の麻痺した手を使うように促す介入法として応用できる可能性があります。麻痺した手を積極的に使うことは、手の機能を維持・向上させるために重要です。このため、本研究は神経科学とリハビリテーション科学のどちらの分野からも注目される知見となっています。
 
■論文情報
雑誌名:Scientific Reports
論文名:Somatosensory stimulation on the wrist enhances the subsequent hand-choice by biasing
toward the stimulated hand
執筆者名(所属機関名):平山 健人(早稲田大学、University of Southern California)、髙橋 徹(早稲田大学、Laureate Institute for Brain Research)、Xiang Yan(早稲田大学)、古賀 敬之(早稲田大学)、大須 理英子(早稲田大学)
掲載日時:2024年9月30日(月)
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-024-73245-7
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-73245-7

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