眼、鼻、口、腸などの粘膜バリアで病原体をブロック
独立行政法人国立病院機構東京医療センターのプレスリリース
【概要】
国立病院機構東京医療センター再生医療研究室の落合博子室長らの研究グループは、 40
~70 歳の健康な男性を対象に、森林浴と都市散策の効果を比較するランダム化比較試験
を行い、森林浴グループで分泌型免疫グロブリン A (以下 sIgA)が有意に増加する (図1)
ことを報告しました。sIgA は感染症を防御する粘膜免疫の重要な指標であり、感染症に対
する身体の第一段階の防御を担っています。本研究ではまた、ストレスホルモンの低下や
気分の改善も確認され、森林環境がメンタルヘルスの向上にも寄与することが明らかとな
りました。森林浴の効果についてはこれまでにもいくつかの実験的な研究が行われてきま
したが、本研究は厳密な臨床研究のデザインで実施されたエビデンスレベルの高い知見で
す。今後、予防医学における森林環境の活用が期待されます。
本研究は、2025 年 1 月 26 日(日本時間)に英国ネイチャー出版グループの『Scientific
Reports』電子版に掲載されました。
【本研究のポイント】
• 84 名の 40~70 歳の健康な日本人男性を対象に、森林浴と都市散策の効果を比較する
ランダム化比較試験を実施しました。
• 森林浴グループは、都市散策グループと比較して sIgA が有意に増加しました。
• 森林浴によって、ストレスホルモン(血中コルチゾール)が有意に減少し、気分状態
が改善しました。
• 以上より、森林浴の感染症予防効果やメンタルヘルス向上効果が明らかとなりました。
【研究の背景・目的】
近年、森林が健康を促進する環境として関心を集めており、森林浴が不安や抑うつを軽
減する可能性が示唆されています。しかし、充分に科学的で厳密な研究デザインを用いた
研究は限られています。また、感染症の防御において重要な役割を果たす粘膜免疫への効
果は検討されていません。そこで本研究では、ランダム化比較試験を用いて森林浴が sIgA
に与える影響を検討しました。さらに、副次的評価項目としてストレスホルモンと気分状2
態についても検討しました。
【方法と結果】
本研究では、森林環境と都市環境での散策が免疫機能やストレス、気分状態に与える影
響を比較しました。 対象者は 40 歳から 70 歳の健康な男性で、研究への参加基準を満たし
た 84 名が介入群 42 名と対照群 42 名にランダムに振り分けられました。
実験は 2021 年 10 月に実施され、介入群は東京都檜原都民の森にある大滝の路で森林
浴を、対照群は銀座の歩行者天国で都市散策を行いました。いずれも標準化されたガイド
による指導のもとで、午前と午後の 2 回、1.7km を 50 分かけてゆっくり歩きました。散
策中はガイドの指導のもと、五感を使ってそれぞれの環境を体感するよう意識してもらい
ました。最終的には介入群 37 名(脱落理由:日程が合わない 3 名、膝痛1名、感染症へ
の危惧 1 名)、対照群 41 名(脱落理由:日程が合わない 1 名)が分析対象となりました。
その結果、森林浴グループでは都市散策グループと比較して、 粘膜免疫の指標である唾
液中の sIgA の濃度が、有意に上昇していました(p=0.035)(図 1)。この結果は、森林浴
が免疫機能を向上させ、ウイルスを含むさまざまな感染症の予防に寄与することを示して
います。また、ストレスホルモンであるコルチゾールの血中濃度は、森林浴グループの方
が都市散策グループよりも有意に低下していました(p=0.007) 。さらに、気分状態を測定
する POMS2(Profile of Mood States 2)質問紙では、森林浴を行った者は都市散策と比較
して 「活気-活力得点」 の増加が有意に大きく (p=0.001)、ネガティブな気分状態を総合的
に表す「TMD(Total Mood Disturbance)得点」が有意に減少しました(p=0.007)。
以上により、森林散策がストレス軽減にも効果があることが示されました。 有害事象は
確認されませんでした。
【今後の研究展開および波及効果】
本研究では、 健康な男性を対象に1日の森林浴の効果を検証しましたが、 今後は森林浴
を習慣的に継続することで疾病予防や健康維持にどの程度寄与できるかを検討する必要
があります。また、森林浴のどの要素が健康に良い影響を与えているのかを詳しく調べる
ことで、さらに多くの人の健康づくりに役立てられる可能性があります。例えば、都市の
緑化や生活環境に森林環境の特定の要素を取り入れることが健康増進に資する可能性が
あります。
本研究によって、 森林浴が免疫機能、メンタルヘルスを向上させることが明らかとなり
ました。森林浴の散策は強度の低い身体活動であり、誰でも取り組める安全な健康法とし
て多くの人に推奨できる余暇活動です。
【掲載論文】
題名: Randomized controlled trial on the efficacy of forest walking compared to urban
walking in enhancing mucosal immunity
(森林散策と都市散策の粘膜免疫強化効果に関する無作為化比較試験)
著者: 落合博子*、井上茂、益田岳、天笠志保、杉下智彦、落合俊也、柳沢直子、中田由夫、
今井通子 (*:責任著者)
掲載誌:Scientific Reports(電子版)
DOI : https://doi.org/10.1038/s41598-025-87704-2
【委託研究の概要】
本研究は、公益財団法人 車両競技公益資金記念財団の委託研究として実施されました。
〇研究内容に関するお問い合わせ先
国立病院機構東京医療センター 臨床研究センター
聴覚・平衡覚研究部 再生医療研究室
室長 落合 博子(おちあい ひろこ)
TEL:03-3411-0111 E-mail:ochiroko@gmail.com
分野HP:https://tokyo-mc.hosp.go.jp/about/kankakukicenter/k-lab_c/k-lab_c-3.html
〇取材に関するお問い合わせ先
国立病院機構東京医療センター 企画課
業務班長 太田 聡
TEL:03-3411-0115(直通) FAX:03-3412-9811
E-mail: oota.satoshi.kw@mail.hosp.go.jp