職場・学校の環境改善を後押しする新技術「ピリオノイド」
株式会社リンケージのプレスリリース
【研究成果のポイント】
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子宮筋の過剰な収縮により生じる月経時の腹痛を、腹直筋へのEMSによって再現
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研究成果を活用した研修事業を企業が展開、2025年12月末時点で2万人以上が体験
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男女問わず月経症状への理解を深め、職場や学校の環境改善のきっかけとして貢献
概要
奈良女子大学 研究院工学系の佐藤克成 准教授と奈良女子大学大学院 人間文化総合科学研究科 生活工学共同専攻の麻田千尋らの研究グループは、EMS※1を用いた月経痛(生理痛)VR※2体験システムの研究を実施しました。この研究成果を活用し、大阪ヒートクール株式会社および株式会社リンケージは「生理痛体験装置ピリオノイド(perionoid、図1)」 を用いた研修事業や実証評価に取り組んでいます。

月経症状の中で最も多く報告されるのが、子宮筋の収縮によって断続的に生じる腹部の鈍痛、いわゆる月経痛です。本装置では、EMSによる腹直筋の収縮でこの腹部の痛みを再現します(図2)。これにより、男性は性差による身体的な壁を越えて月経痛のつらさを体感でき、女性も自分の主観的な痛みとEMSによる痛みを比較することで、月経痛を客観的に捉えるきっかけとなります。

大阪ヒートクール株式会社は、2023年からピリオノイドを用いた「生理痛体験研修」を展開し、月経症状への理解促進に活用しています。2024年からは株式会社リンケージが中心となり研修を実施し、2025年12月末までに337の企業・団体で、2万人以上が体験しました。教育機関や自治体を対象に実施した評価では、440名の体験者の94%が「生理痛に関する知識が深まった」と回答、88.8%が「休憩室の必要性や使用についての意識が変化した」と回答しています。また、職場の環境整備のきっかけとなっています。
研究の背景
月経とは、不要になった子宮内膜を排出するために生じる女性ホルモンの変化に伴う生理現象であり、月経痛、出血と貧血、体温低下と血行不良など、さまざまな症状を引き起こします。これらの症状は主観的で個人差が大きく、言語化や定量化が難しいという特徴があります。そのため、男性が月経痛を理解することは容易ではなく、女性同士であっても他者の症状を完全に理解することは困難です。この理解不足は、コミュニケーションのすれ違いや、月経症状を緩和する製品・サービスの開発・販売促進の妨げとなる可能性があります。
こうした課題の解決手段としては、高齢者体験や車椅子体験などの「疑似体験」が注目されています。「百聞は一見に如かず」という言葉の通り、体験を通じた理解は伝聞よりも深く正確です。しかし月経時の感覚は、身体的特徴の異なる他者がそのまま追体験することが難しいものです。この困難さに対しては、五感への刺激を通じて実際と等価な体験を生み出すVRのアプローチが有効です。
2010年にアーティストのスプツニ子!は、EMSなどを用いて男性が女性の月経症状を疑似体験する映像作品「生理マシーン、タカシの場合。」を発表しました。さらに2019年には甲南大学の学生グループが、EMSと温度刺激を用いて月経痛と経血漏れの不快感をそれぞれ体験できるVR作品「悪い,やっぱつれぇわ,生理痛」を開発しました。本研究も、これらの先行作品を参考にしながら、月経痛の再現に関する研究に取り組みました。
研究・開発の内容
EMSによって痛みを再現する際には、安全性の確保が最も重要です。本研究では、「家庭用EMS機器の安全性に関する自主基準」に基づく弱い刺激であっても、強い痛みとして知覚される刺激方法を検討しました。月経症状の再現性について検証するために、奈良女子大学は甲南大学と共同で、女子学生33名を対象にした実験を行いました。腹直筋下部へのEMSによる痛みを実際の月経痛と比較した結果、痛みの位置は腹部の浅い層に生じることや、重度の症状までは再現が難しいといった課題はあるものの、平均的なつらさの度合いは実際の月経痛と同程度であることが示されました。
この研究成果を基に大阪ヒートクール株式会社では、小型化した体験用の装置「ピリオノイド」を開発しました。ピリオノイドでは、代表的な3段階の強度から選んで体験できるモードに加え、刺激の強度や時間がランダムに変化するモードも搭載されており、より実際の月経痛に近い感覚を体験できます。2023年4月から開始した「生理痛体験研修」では、EMSによる月経痛体験に加え、月経の仕組みや症状の多様性、対処法に関する講義、月経痛に限らず他者の痛みを思いやるためのワークショップも実施しています。研修では、体験の有無や性別を問わず、多くの方が月経の症状や対策について積極的に意見を交わす様子が見受けられます。2025年12月末までに337の企業・団体などで、21,226人がピリオノイドを体験しました。
なお、「ピリオノイド」の体験には同意書へのご署名が必要です(未成年の方は保護者の同意も必要となります)。また、体調不良など健康上の懸念がある場合には、安全のため体験をご遠慮いただいております。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、職場や学校における月経症状への理解が進み、より働きやすく学びやすい環境整備の促進につながると期待されます。
大阪ヒートクール株式会社が経済産業省の令和6年度フェムテック等サポートサービス実証事業費補助金を受けて実施した評価では、9つの教育機関・4つの自治体の計440名を対象にアンケート調査を行いました。その結果、94%が「生理痛に関する知識が深まった」と回答し、88.8%の体験者が「休憩室の必要性や使用についての意識が変化した」と回答しました。研修後の具体的な取り組みとしては、「職場への休憩室の設置、トイレへのナプキン設置」「休暇制度の拡充(有給の簡易化、半休の拡充、生理休暇の導入)」など、環境改善の動きが広がっています。
特記事項
本研究成果の一部は以下の論文において紹介されています。
C. Asada, K. Tsutsumi, Y. Tamura, N. Hara, W. Omori, Y. Otsuka, K. Sato: Electrical Muscle Stimulation to Develop and Implement Menstrual Simulator System, Journal of Robotics and Mechatronics, Vol. 33, No. 5, pp. 1051-1062 (2021.10)
用語説明
※1 EMS
筋電気刺激(Electrical Muscle Stimulation)の略語。電気刺激によって筋肉を収縮させる技術。医療・リハビリ・トレーニング機器として広く利用されており、電極パッドを皮膚に貼り付けて筋肉に直接刺激を与えることで、運動時に近い筋収縮を引き起こす。
※2 VR
人工現実感、バーチャルリアリティ(Virtual Reality)の略語。現実の本質的な要素を抽出し、視覚や触覚などの五感刺激を用いて再構成することで、実際とは見た目や現象が異なっていても、同等の体験や効果を得られるようにする技術。
【佐藤克成 准教授のコメント】
「生理痛体験装置」は痛みを伴うため、積極的に体験を希望する方は少ないと想定していました。ところが実際には、研修や展示会において男女を問わず多くの方が体験を希望されました。月経に関する理解を少しでも深めたいと考える方が、想像以上に多いことがわかりました。また、日常では決して味わえない感覚を手軽かつ安全に体験できるVRの特性が、たとえ痛みを伴う内容であっても人々の関心を引きつけているのだと感じています。興味本位の体験であっても、また体験する様子を見るだけであっても、他者の痛みや苦しみを見つめ直すきっかけになります。今後も本装置が、月経症状への理解を深める一助となれば幸いです。
参考URL
佐藤 克成 准教授
研究者総覧URL:https://koto10.nara-wu.ac.jp/profile/ja.1d1b04adddb07bed520e17560c007669.html
株式会社リンケージ
生理痛体験研修URL:https://linkage-inc.co.jp/perionoid/
研究内容に関する問い合わせ先
奈良女子大学 研究院工学系 准教授 佐藤 克成(さとう かつなり)
E-mail: satolab@cc.nara-wu.ac.jp

