卵子を育てる「細胞間のかけ橋」の機能に迫る、内部構造の解明

早稲田大学のプレスリリース

卵子を育てる「細胞間のかけ橋」の機能に迫る、内部構造の解明
~卵子とその周辺細胞とのコミュニケーションを促す橋渡し構造の中に「微小管」を発見~
 
詳細は早稲田大学HPをご覧ください
【発表のポイント】 ●卵巣内で、卵子とその周囲の細胞をつなぐ突起構造の中に、微小管※1が広く存在することを発見しました。従来の顕微鏡とは異なる超解像顕微鏡による観察で、今回の発見に至りました。 ●また、突起構造を形成するために必要な因子として、微小管結合タンパク質Camsap3※2が重要な働きを担うことを発見しました。 ●Camsap3を欠損したマウスは、卵子の成熟異常、排卵障害、不妊を示すことを発見しました。 ●卵子と周囲の細胞との突起形成がCamsap3と微小管によって促進されることが分かり、卵子と周辺細胞とのコミュニケーション機構の実体が明らかになることで、卵子の成熟機構について理解が進み、生殖医療・不妊研究への応用が期待されます。

 不妊の原因のひとつである卵子成熟の欠陥を治療することはできないのか?そのために欠かせないのは、卵子の成熟がどのよう起きるのかというメカニズムを解明することです。
 この課題に迫るため、京都大学大学院薬学研究科の戸谷美夏(とや みか)助教(研究当時:早稲田大学理工学術院)および早稲田大学理工学術院の佐藤政充(さとう まさみつ)教授は、早稲田大学大学院先進理工学研究科生命医科学専攻 博士後期課程の相川皓洋(あいかわ あきひろ)、修士課程の鶴巻孝夫(つるまき たかお)とともに、麻布大学獣医学部の伊藤潤哉(いとう じゅんや)教授、京都大学大学院薬学研究科の倉永英里奈(くらなが えりな)教授との共同研究チームで、卵子とその周囲の細胞とをつなぐ突起構造の内部に、微小管が高頻度で存在することを超解像顕微鏡技術により発見しました。さらに、その突起構造を形成するためにはCamsap3タンパク質が重要な役割を果たすことを明らかにしました。本研究成果は、卵子成熟を促す細胞間コミュニケーションの新たな仕組みを示すものであり、卵成熟の欠陥による不妊の原因解明や生殖医療の発展につながることが期待されます。
 本成果は、2026年4月28日(火)に『iScience』(出版社:Elsevier/Cell Press)で公開されました。
図1 卵子周囲の細胞から卵子に向けて伸びる突起のほとんどに微小管が含まれていることを発見

キーワード:
不妊治療、生殖医療、卵子、卵子の成熟、排卵、微小管、細胞間コミュニケーション
 
(1)これまでの研究で分かっていたこと
 ヒトやマウスなど、ほ乳類の卵子は、卵巣内でたくさんの顆粒層細胞 ※3に取り囲まれた状態で成熟します。卵子の成熟に異常があると不妊につながるため、そのメカニズムを解明することは生殖医療の観点から重要です。顆粒層細胞は卵子に様々な分子を届けることで卵子の成熟を促すと考えられていますが、具体的な分子メカニズムは分かっていません。卵子と顆粒層細胞の間には透明帯という領域が存在します。透明帯を超えて顆粒層細胞から卵子に直接分子を送り届けるために、顆粒層細胞はTranszonal projection(以降、「TZP」という)※4と呼ばれる突起状の構造を伸ばします(図1、図2)。これが卵子まで到達することで、卵子の成熟に必要な物質を送り届けると考えられています。
 これまで、TZP突起の内部には、アクチン※5と呼ばれる細胞骨格の一種が内包されることが分かっていました。これに対して、異なる細胞骨格である微小管はTZP突起のうち5%程度にしか存在しなかったため、重要な機能を担うとは考えられていませんでした。
 
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
 本研究では、これまでの定説とは異なり、TZP突起構造の中に微小管が頻繁に存在することを発見し、これが卵子成熟に大きな役割を担うことを明らかにしました。
 着想の経緯は、戸谷美夏博士(京都大学)が以前から研究していた微小管結合タンパク質Camsap3でした。一般的にCamsap3は細胞内の微小管を安定化させる機能を持ち、マウスの生体内では腎臓や卵管、気管、脳などの幅広い組織で重要な役割を担います。今回、Camsap3の遺伝子欠損(ノックアウト)マウスのメスは、排卵せず不妊を示すことを発見しました。不妊の原因に迫るために卵巣組織を解析したところ、Camsap3欠損マウスでは初期段階の卵子は正常に形成されていましたが、排卵が近づいた後期段階の卵子はほぼ消滅しており、卵子成熟の過程に異常がある様子が見えてきました。
 Camsap3欠損マウスの卵子と顆粒層細胞を観察した結果、両者をつなぐTZP突起の本数が野生型マウスと比較して約60%に減少していました(図2)。従来の研究では、TZP突起は内部にアクチン細胞骨格を含むことが知られています。これに対して、別の細胞骨格である微小管はTZP突起全体のうち約5%にしか発見されていないことから、微小管結合タンパク質Camsap3の欠損マウスにおいて、なぜ、アクチンを主体とするはずのTZP突起が異常を示すのか疑問でした。
 そこで、超解像顕微鏡技術を用いてTZP突起を高精細に観察しました。その結果、通説とは異なり、TZP突起の大多数(約80%)が内部に微小管を含むことを発見しました(図2)。つまり、微小管結合タンパク質Camsap3を欠損すると、TZP突起内部の微小管に異常が起き、これがTZP突起の形成不全を引き起こすことが分かりました。このように、微小管は従来想定されていたよりもはるかに重要な役割、つまり突起そのものを形成するために中心的な役割を果たすことが見えてきました。

図2 野生型ではTZP突起の内部に微小管が含まれ、Camsap3欠損マウスでは微小管の短縮化にともなうTZP突起の減少が見られました
 
 さらに、TZP突起の内部で微小管とアクチンが示す形態にはいくつかのパターンが存在し、卵子成熟の段階に応じて、その形態が変化することが明らかになりました。初期段階では、微小管とアクチンが並走する直線的なTZP突起が多く見られましたが、卵子成熟が進むにつれて、枝分かれした複雑なTZP構造へと変化しました。Camsap3はTZP突起内の微小管上に局在していたことから、Camsap3は微小管の向きや安定性を制御していると考えられます。
 これまで、卵子表層に到達したTZP突起は、ギャップ結合や接着結合といった結合様式で卵子に接続することがわかっています(図3)。このような結合箇所には、アミノ酸などの低分子化合物が通れるほどの小さな穴が存在します。一方、mRNA※6やミトコンドリア※7のような大きな分子はどのようにTZP突起から卵子に送られるのか不明のままです。本研究では一部のTZP突起において、微小管がTZP突起の先端からさらに伸長して卵子内部まで貫通する構造がみられました(図3)。このようなTZP突起では、TZP突起の先端が卵子の細胞膜と融合してトンネルのように貫通し、卵子の細胞質に直接つながっていると考えられます(図3)。つまり、ミトコンドリアやmRNAなどの巨大な物質を卵子内に送り届けることが容易だといえます。野生型において、このような卵子の細胞質に直接つながったTZP突起の内部にミトコンドリアが存在する様子が観察されました。これらの観察結果は、TZP突起内部の微小管は顆粒層細胞から卵子に向けてミトコンドリアなどの巨大な物質を輸送するために使われている可能性を示唆しています。
 これらの成果は、TZP突起はアクチンを主体とする突起構造だとみなしてきた従来の理解を大きく更新するものです。本研究が微小管を内部に発見したことで、微小管がTZP突起の形成を促すこと、さらに微小管をレールとして卵子から顆粒層細胞への物質輸送が起きるという新しいメカニズムが見えてきました。
 

図3 TZP突起の先端には2種類ある:(中央)TZP突起の先端が卵子内に接触する例、(右)先端が卵子に融合して微小管が侵入したTZP突起の例「出典: Aikawa et al., 2026(今回の発表論文)」
 
(3)研究の波及効果や社会的影響
 本研究は、卵子成熟の分子メカニズムの解明に大きく寄与する基盤研究と考えています。卵子は周囲の顆粒層細胞から分子を受け取ることで成熟し、排卵されます。卵子成熟の欠陥は排卵障害の原因となり、不妊症のひとつですが、成熟の欠陥が起きるメカニズムはよく分かっていません。
 本研究では、Camsap3の欠損によってTZP突起の形成不全が起きること、また、これが排卵障害を引き起こすことが示されました。つまり、TZP突起の形成を司る重要分子としてCamsap3が同定できたといえます。これを足がかりとすることで、卵子成熟の欠陥による不妊の治療や予防に応用できると考えます。
 また、近年、顆粒層細胞から卵子にmRNAやミトコンドリアが輸送される可能性が注目されています。本研究はTZP突起内に微小管の存在を示したことで、これを物質輸送のレールとして卵子に成熟因子を届けるという卵子成熟の新たな分子機構のベールがはがされました。将来的には、TZP突起を人工的に作製したり、成熟分子が分かればそれを人為的に卵子に届けたりすることで、卵子の成熟能力を高める新たな生殖医療技術の開発につなげていきたいと考えます。
 
(4)課題、今後の展望
 本研究では、超解像顕微鏡技術を用いて、従来考えられていたよりも多くのTZP突起が微小管を含んでいることが明らかになり、物質輸送の原理が見えてきました。しかし、顆粒層細胞から卵子に向けてどのような分子が輸送されているのかは、依然として明確な知見・証拠がありません。私たちは、その輸送される分子の同定を最重要課題と捉えています。この因子が決定できれば、未成熟の卵子にそれを人為的に投与することで人工的に卵子成熟を誘導して、不妊治療につなげられる可能性があるからです。
 
(5)研究者のコメント
 TZP突起はこれまでアクチンを主体とする細胞突起として理解されてきました。本研究では、超解像顕微鏡を用いることで従来検知できなかった微小管の存在を発見できました。本研究が卵子成熟や不妊の原因を解明する新たな基盤になるよう、研究を継続していきます。不妊の原因は男女含めて様々なものがあると考えられます。その原因を1つずつ追究していく基礎研究が、生殖医療のブレークスルーにつながると信じています。
 
(6)用語解説
※1 微小管
細胞骨格の繊維状構造の一つであり、チューブリンタンパク質の重合により繊維状の形になります。細胞内での物質輸送、細胞形態の維持、染色体の分配など様々な場面で重要な役割を担います。物質輸送においては、微小管がレールのような働きをすることで、特定の場所や方向に物質を運ぶ際の重要な経路となることが知られています。
 
※2 Camsap3
微小管に結合し、微小管を安定化する機能を持つタンパク質。マウスの生体では腎臓や気管、脳などの幅広い組織で役割を担います。小腸上皮細胞では、細胞内の微小管を一定方向に整列させることで、上皮細胞の形態を形作ります。腎臓の尿細管では微小管の整列をおこない、Camsap3を欠失させると尿細管が肥大化して嚢胞腎に似た症状を示します。卵管では、排卵された卵子や受精卵を正しい方向に送り出して子宮に届けるためにCamsap3は重要な役割を担います。
 
※3 顆粒層細胞
卵巣内で卵子を取り囲む多数の細胞。卵子の成熟に必要な物質を卵子に供給し、卵子の成長や成熟を支える重要な役割を担います。卵子に向けて突起状の構造を形成して、これを介して直接的な物質伝達など、細胞間コミュニケーションを行います。
 
※4 Transzonal projection (TZP)
顆粒層細胞から伸び、卵子を包む「透明帯」を貫通して卵子表面近くまで到達する突起。卵子と顆粒細胞の間で、卵子の成熟に必要な物質を受け渡すための連絡路として働きます。従来は、突起の内部はアクチンを主体とするものと考えられていましたが、本研究でTZPの多くが内部に微小管も含むことが分かりました。
 
※5 アクチン
細胞骨格の一つであり、アクチンタンパク質の重合により繊維状の構造になります。細胞の形作りや移動などの機能を担います。これまでは、TZP突起の内部を構成する主要な構造物はアクチンであると考えられてきました。
 
※6 mRNA
DNAに記録された遺伝情報をもとに作られるRNAの一種。細胞内でタンパク質を合成する際の“設計図”として働きます。卵子の成熟では、顆粒層細胞から供給されるmRNAが重要な役割を果たします。
 
※7 ミトコンドリア
細胞内に存在する細胞小器官の一つで、酸素を利用してエネルギー(ATP)を産生する工場の役割を担います。卵子は成熟段階で顆粒層細胞からミトコンドリアが供給されると考えられています。
 
(7)論文情報
雑誌名:iScience
論文名:Camsap3-Mediated Microtubules Maintain Transzonal Projections Essential for Soma–Germ Communication during Ovarian Follicle Maturation in Mice
執筆者名(所属機関名):
相川皓洋1,鶴巻孝夫1,倉永英里奈2,伊藤潤哉3,4,戸谷美夏1,2,佐藤政充*1,5
1:早稲田大学 大学院先進理工学研究科 生命医科学専攻
2:京都大学 大学院薬学研究科 創発医薬科学専攻
3:麻布大学 獣医学部 動物繁殖学研究室
4:麻布大学 大学院獣医学研究科
5:早稲田大学 構造生物・創薬研究所
掲載日時:2026年4月28日
掲載URL:https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(26)01286-1
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.115911
*:責任著者
 
(8)研究助成
研究費名:科研費 基盤研究 (C) 25K09635
研究課題名:卵胞成熟を支える微小管構造による体細胞―生殖細胞間コミュニケーションの分子機構
研究代表者名(所属機関名):戸谷美夏(京都大学)
 
研究費名:公益財団法人 大隅基礎科学創成財団 研究助成
研究課題名:卵母細胞と母体のコミュニケーションを橋渡しする微小管の機能
研究代表者名(所属機関名):戸谷美夏(早稲田大学/京都大学)
 
研究費名:公益財団法人 第一三共生命科学研究振興財団 研究助成
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)
 
研究費名:科研費 基盤研究 (B) 16H04787
研究課題名:微小管の機能発見および人工制御:細胞から組織まで
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)
 
研究費名:科研費 挑戦的研究(萌芽) 18K19347
研究課題名:高齢卵子における紡錘体の位置の異常と不妊の関連性
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)
 
研究費名:科研費 基盤研究(B) 23K27173
研究課題名:クロマチン変動・発現変動・エネルギー産生による細胞の目覚めの統合的理解
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)
 
研究費名:科研費 学術変革領域研究(A) 25H02582
研究課題名:休眠か目覚めかの運命を定めるエピコードとヌクレオソーム状態の変化
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)

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