少量の血液からアミロイドß結合エクソソームを検出する技術を開発

凸版印刷株式会社のプレスリリース

 国立大学法人北海道大学(北海道札幌市、総長:寳金 清博)大学院先端生命科学研究院の湯山 耕平特任准教授らの研究グループ(以下 湯山研究グループ)と凸版印刷株式会社(本社:東京都文京区、代表取締役社長:麿 秀晴、以下 凸版印刷)は、アルツハイマー病(※1)の発症リスク評価における血液バイオマーカーとなるアミロイドβ(※2)が結合したエクソソーム(※3)を1個単位で識別・検出する技術の開発に成功しました。

■ 研究成果のポイント
・アミロイドß結合エクソソームのデジタル検出技術の開発に成功
・アルツハイマー病モデルマウス血液中のアミロイドß結合エクソソームの加齢増加を確認
・次世代アルツハイマー病早期診断法の開発に期待

アルツハイマー病モデルマウス血液中アミロイドβ結合エクソソームのデジタル計測のイメージ図アルツハイマー病モデルマウス血液中アミロイドβ結合エクソソームのデジタル計測のイメージ図

  本技術は、検出チップ上に集積した100万個のマイクロメートルサイズの微小なウェル(※4)に標的となる分子や粒子を確率的に1個ずつ閉じ込めて、分子や粒子から発する信号の有り「1」、無し「0」で標的をデジタル検出・定量する高感度バイオセンシング技術です。信号検出には凸版印刷の独自技術である「Digital ICA®(デジタル アイシーエー)」を採用し、アルツハイマー病モデルマウスの少量の血液(100マイクロリットル程度)を用いてアミロイドß結合エクソソームが定量的に検出可能となりました。この技術を使ってアルツハイマー病モデルマウスの血液中のアミロイドß結合エクソソームを経時的に計測したところ、加齢で脳内のアミロイドß蓄積が進むに従って、その量が増加することを発見しました。
 湯山研究グループのこれまでの研究から、アミロイドß結合エクソソームは、アルツハイマー病の初期病理であるアミロイドß蓄積に関与すると考えられています。血液バイオマーカーとしてこの特定のエクソソームを検出することで、発症前や初期アルツハイマー病を簡便な方法で迅速に診断することができ、予防医学の発展に貢献します。
 本研究成果は、2022年10月3日(月) Springer Nature社の科学誌Alzheimer’s Research & Therapyにオンライン掲載されました。 

■ 論文情報
論文名:Immuno-Digital Invasive Cleavage Assay for Analyzing Alzheimer’s Amyloid ß-Bound Extracellular Vesicles(アルツハイマー病のアミロイドß結合細胞外小胞を計測するイムノデジタルICA法)
著者名:湯山 耕平1、孫 慧1、五十嵐 靖之1、門出 健次1、平瀬 匠2、中山 雅人2、牧野 洋一2(1北海道大学大学院先端生命科学研究院、2凸版印刷株式会社総合研究所)
雑誌名:Alzheimer’s Research & Therapy(認知症研究の専門誌)
DOI:10.1186/s13195-022-01073-w
公表日:2022年10月3日(月)(オンライン公開)

■ 本研究の背景
 超高齢化社会を迎えた日本では、加齢が主な原因となるアルツハイマー病の克服が喫緊の社会的課題となっています。アルツハイマー病は、脳内にアミロイドßと呼ばれる蛋白質が蓄積して、神経細胞を変性させることで発症するとされており、現在アミロイドßを蓄積させない、または除去するような治療法や予防法の開発が世界中で進められています。
 一方で、脳内でのアミロイドßの蓄積状態を計測するための検出技術開発も並行して行われています。アミロイドßの蓄積はアルツハイマー病発症の20年以上前の認知機能が正常に近い状態下で始まるため、発症前の早期治療や予防を行うためにアミロイドß蓄積状態を評価する技術が重要となります。現在、このアミロイドß蓄積を検出する手法としては既に脳髄液検査やPET(陽電子放出断層撮影、Positron Emission Tomography)イメージング検査が実用化されています。しかし脳髄液検査は人体への負担が大きく、検査を敬遠されたり、PET検査は高額な設備や試薬が必要で検査を受けられる病院が限られているため、血液バイオマーカーなどを用いた、簡便に何度でも検査できるようなアミロイドß蓄積の検出技術の開発が期待されています。
 このような課題に対し、湯山研究グループと凸版印刷は、これまで培ってきた脳内特定物質のエクソソームに関する知見と、一分子ごとに分配・検出する高感度蛍光検出技術「Digital ICA®」を用いて、アミロイドßが結合したエクソソームを高感度検出する技術「immuno-digital invasive cleavage assay(以下 idICA)法」の開発に成功しました。

■ 2者の役割
・北海道大学

 北海道大学大学院先端生命科学研究院では、今回、生体脂質機能に関する研究の知見を活かし、脂質膜粒子であるエクソソームの神経機能を認知症診断技術に応用する技術開発を行いました。また本開発は2022年度に発足した北海道大学認知症研究拠点においても社会実装の実現に向けた取り組みを推進しています。

・凸版印刷
 凸版印刷は診断薬の開発や製造を通し、分子診断技術など医療医薬に関する技術を培ってきました。このような知見を活かし、凸版印刷は高感度蛍光検出技術「Digital ICA®」や、研究用キット、検査キットなどを開発。湯山特任教授ら研究グループに向けて凸版印刷が開発した「Digital ICA®」技術を提供します。エクソソームの検出・定量に関する技術開発を推進します。
 凸版印刷は高感度蛍光検出技術「Digital ICA®」と、研究用キットや検査キットの提供を通し、予防医学の発展と生活の質の向上の実現に向けて、取り組んでいきます
 北海道大学と凸版印刷は、アルツハイマー病早期診断法の確立に向けて、これまでに培った各々の技術・知見・経験を融合し、連携していきます。

■ 具体的な共同研究内容
 湯山研究グループと凸版印刷が開発したidICA法を使って、アルツハイマー病モデルマウスの血液中のアミロイドß結合エクソソーム量を計測したところ、脳内アミロイドß蓄積レベルに応じて変動することを発見しました。
 エクソソームは細胞外小胞の一種で、細胞から分泌される直径100ナノメートル(1ナノメートル:10億分の1メートル)程度のカプセル状の物質です。近年、エクソソームは様々な病気に関わっていることが示唆され、その機能や働きなどの解明が期待されています。また分泌元の細胞や組織の状態を反映して含有物質が変動することが知られており、様々な組織から血中に分泌されたエクソソームを用いることで、低侵襲で継続的な観察が可能なバイオマーカー候補として近年注目を集めています。
 湯山研究グループのこれまでの研究から、神経細胞から分泌されるエクソソームには、アミロイドßが結合しミクログリアに運搬することでアミロイドßを分解除去する働きをもつことが明らかになっており、脳内アミロイド蓄積に関与することが示唆されています。
 今回、湯山研究グループと凸版印刷がエクソソームを検出した高感度センシング技術は、計測チップ上の100万個のマイクロメートルサイズの微小なウェルに標的となる分子や粒子を確率的に1個ずつ閉じ込めて、分子や粒子から発する信号の有り「1」、無し「0」から標的をデジタル検出・定量する手法です。凸版印刷の独自技術である高感度蛍光検出技術「Digital ICA®」を採用し、血液中にわずかにしか存在しない脳組織から漏れ出たアミロイドßが結合し糖脂質GM1(※5)を含有するエクソソームを検出することに成功しました(図1)。

エクソソームのデジタル計測idICA(図1)エクソソームのデジタル計測idICA(図1)

 また、この検出技術を用いてアルツハイマー病モデルマウスの血液中のアミロイドß結合エクソソーム量を経時的に計測した結果、血液中のエクソソーム値も加齢に従って次第に増加することがわかりました(図2)。このことから、血中のアミロイドß結合エクソソームを検出することで、脳内蓄積レベルを評価することが可能であると考えられます。
 今後、ヒトを対象とした実証を通し、本評価技術を確立し、発症前や初期アルツハイマー病を簡便かつ迅速な診断を実現し、予防医学の発展に貢献します。

マウスの血液エクソソーム計測(図2)マウスの血液エクソソーム計測(図2)

 ■高感度蛍光検出技術「Digital ICA®」の特長
 本検出技術は、基板上に設けられた100万個の微小なウェルと検出試薬を用いて、ウェルにDNAなどの生体分子を1分子ずつ分配し、1分子単位で検出する方法です。
(1)迅速な診断が可能
 微小ウェルを用いることで、検出対象の分子を濃縮でき、短時間に計測・定量し、迅速な診断が可能となります。
(2)検出装置の小型化が可能
 温度昇降を必要とするPCR法の検査装置と比較し、等温の酵素反応を用いているため、検出装置を小型化することが可能です。
(3)DNA以外の分子や粒子への展開
 DNAだけでなく、タンパク質、ウイルス、エクソソームの検出への展開も可能です。

■ 今後の目標
 本検出技術は、検出用チップと汎用的な蛍光顕微鏡があれば、特別な技術の習得無しで少量の血液から特定の表面分子を保持するエクソソームを高感度検出できます。現在、脳内アミロイドß蓄積と血中アミロイドß結合エクソソームとの相関について、アルツハイマー病患者、軽度認知障害(MCI)対象者を含むヒトの検体を用いた検証を、北海道大学認知症研究共同プロジェクト拠点において進めています。今後はアルツハイマー病の早期診断のための次世代検出法の開発につなげていきたいと考えています。
 また本検出技術は、アミロイドß以外のエクソソーム・バイオマーカーの検出にも利用できることから、複数の神経疾患の層別化診断やがんの早期診断などエクソソーム・バイオマーカーを利用した次世代リキッドバイオプシー(※6)の基盤技術としての開発も期待できます。

※1 アルツハイマー病
 最も一般的な認知症の原因疾患。不可逆的な進行性の脳神経疾患で、記憶や思考能力が徐々に障害される。

※2 アミロイドß
 アミロイドβ前駆体タンパク質が切断されて産生される約40アミノ酸の蛋白質。アルツハイマー病では、この蛋白質の過剰な脳内蓄積が発病の引き金になると考えられている。

※3 エクソソーム
 様々な種類の細胞から分泌される細胞外小胞の一種。特定の分子を包含し、細胞間で受け渡すキャリアーの役割を担う。

※4 微小なウェル
 樹脂版の表面に設けられた直径数マイクロメートルの凹部で、1つの解析チップに100万個を配置。検出対象の分子を格納し、検出反応が行われる反応容器となる。

※5 糖脂質GM1
 細胞膜表面に存在するガングリオシドの1種で、細胞膜表面に集中して存在し、細胞のシグナル伝達を調節している。

※6リキッドバイオプシー
 血液や体液などに含まれる成分を検出し特定の疾患の診断や治療に必要な情報を取得すること。体液(リキッド)生検(バイオプシー)。

* 「Digital ICA」は凸版印刷株式会社の登録商標です。
* 本ニュースリリースに記載された商品・サービス名は各者の商標または登録商標です。
* 本ニュースリリースに記載された内容は発表日現在のものです。その後予告なしに変更されることがあります。

以 上

Follow Twitter Facebook Feedly
SHARE
このページのURLとタイトルをコピー
お使いの端末ではこの機能に対応していません。
下のテキストボックスからコピーしてください。