ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所のプレスリリース
バイリンガル児の語彙発達は両方の言語で評価する
0~6歳までを主な対象とした早期英語教育、早期バイリンガル教育に関しては様々な意見が交わされています。そこで、ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所(※以下、IBS)<東京都新宿区 所長:大井静雄>では、保護者の皆様や教育関係者の皆様から寄せられる疑問に対し、先行研究を基にお答えする記事を定期的に公開しています。今回は子どもの語彙学習についてお答えします。
二つの言語にふれる環境が初語の遅れる原因になることはない
子どもは、数カ月前後の個人差はありますが、生後12カ月ごろになると、初語(周りの大人たちが意味を理解できる最初の語)を発するようになります。「バイリンガル環境で子どもを育てると初語が出てくるのが遅くなるのでは」と心配する声を耳にすることもありますが、実際にはどうなのでしょうか。
例えば、英語とフランス語にふれながら育っているバイリンガル児13人を追跡調査した研究(Goodz, 1994)や、同じく英語・フランス語のバイリンガル児6人を調査した研究(Nicoladis, 1994)では、少なくとも一方の言語では、初語の出現がモノリンガル児と同時期であることが報告されています。
このような先行研究から、「バイリンガルの子どもの初期の語彙学習がモノリンガルの子どもと同様である」ことを見ていきます。
バイリンガル児とモノリンガル児の語彙学習能力は変わらない
子どもは、生後から1年が経つころになると、周囲で聞こえる音声の中から聞き慣れた語彙を認識できるようになり、これは語彙学習能力の一つです(Paradis et al., 2010)。英語・ウェールズ語のバイリンガル児28人を調査した研究(Vihman et al., 2007)によると、そのような語彙認識力が現れた時期は、両言語とも英語モノリンガル児と同じ生後11カ月ごろでした。
さらに、語彙を学習するには、語彙とそれが表す事物(意味)を結びつける必要があります。このような能力をテストした研究(Werker et al., 2009)では、バイリンガル児もモノリンガル児と同様に生後14カ月でそのような能力が達成された、という結果が出ました。
そのほか英語・フランス語のバイリンガル児30人を調査した研究(Fennell & Byers-Heinlein, 2014)では、日常的に聞いている言語の音声的特徴で発音されるかどうかによって学習のしやすさが変わること、そして、それはモノリンガルも同じであることが明らかになっています。これらの先行研究から、バイリンガルの語彙学習能力がモノリンガルよりも劣る、ということはないと考えられます。
日常生活での二言語のインプット量の差が生み出す「優勢言語」と「優勢でない言語」とは
ここまでご紹介した研究からもわかる通り、日常生活におけるインプットと語彙学習は密接に関係しています。
実際に英語・スペイン語のバイリンガル児(生後8〜30カ月)25人を調査した研究(Pearson et al., 1997)では、それぞれの言語の語彙量は、日常生活におけるその言語への接触量と関係していたことが報告されています。
語彙処理スピードと語彙量には強い相関関係があり(Marchman et al., 2009)、日常生活におけるインプット量が多い言語ほど語彙処理スピードが速いこと、そして、インプット量と語彙処理スピードの両方がその後の語彙量の増加に影響する(Hurtado et al., 2013)ことも報告されています。
バイリンガルの日常生活において二言語のインプット量が同等であることは稀であり、それぞれの言語にふれる量に差が生じることによって、一方の言語が優勢になると言われています。つまり、優勢でない言語のほうは、その言語のみを話すモノリンガルよりも発達のペースがゆっくりになるかもしれない、ということです(Yip, 2013)。
バイリンガル児の片方の語彙量のみで言語発達を評価すべきではない
例えば、母親が英語、父親が日本語を話す家庭の子どもは、家庭外で日本語に触れる機会が少ない限りは、毎日母親と接する時間が長いことにより、英語のインプット量のほうが多くなります。すると、英語の語彙のほうが多くなり、英語が優勢言語となるのです。
しかし英語が優勢言語であったとしても、毎日、父親から日本語で話しかけられる時間もあるため、両親が英語を話す家庭の子どもと比較すると、英語のインプット量も語彙量も少ないかもしれません。また、周囲の言語環境が変われば、優勢言語も変わります。さらに、母親と食事をする機会が多ければ、食事に関する語彙は英語のほうが多く、父親と外遊びをする機会が多ければ、外遊びに関する語彙は日本語のほうが多い、というふうに、各言語で獲得している語彙の質や領域が異なる可能性もあります。 バイリンガル児の優勢言語のみを評価することも適切ではありません 。
バイリンガル児が「優勢ではない言語」で言語発達を評価されている可能性
そして注意が必要なのは子どもの優勢言語が社会の少数派言語である場合です。子どもは社会の多数派言語を話す相手に対しては、たとえ、それが自分の優勢言語でなくても、同じ言語で話そうとすることがわかっています(Paradis and Nicolas, 2007)。
つまり日本語が優勢言語ではないバイリンガル児が日本で主に話されている言語は日本語であることを知っていて、検査の担当者が日本語を話す人だとわかれば、得意ではないほうの日本語で話そうとする、ということです。 そうすると、結果的に優勢でない日本語のほうで語彙発達を評価されてしまうことになり、日本語モノリンガル児よりも「遅れている」とみなされてしまう可能性があるため、注意が必要です。
このように、バイリンガル児の片方の語彙量を、一つの言語のみにふれて育っているモノリンガル児と比較することには注意が必要であり、そのような安易な比較によって言語発達が正常かどうかを評価するべきではないことは明らかです。
より詳しい内容はIBS研究所で公開中の下記記事をご覧ください。
■バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?(語彙学習編)
https://bilingualscience.com/question/%e3%83%90%e3%82%a4%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%82%ac%e3%83%ab%e7%92%b0%e5%a2%83%e3%81%a7%e5%ad%90%e3%81%a9%e3%82%82%e3%82%92%e8%82%b2%e3%81%a6%e3%82%8b%e3%81%a8%e3%80%81%e5%ad%90%e3%81%a9%e3%82%82%e3%81%ae-2/
■ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所
(World Family’s Institute Of Bilingual Science)
事業内容:教育に関する研究機関
所 長:大井静雄(脳神経外科医・発達脳科学研究者)
所 在 地:〒160-0023 東京都新宿区西新宿4-15-7
パシフィックマークス新宿パークサイド1階
設 立:2016年10 月
URL:https://bilingualscience.com/